
合格しました!
合格と桜のルーツ調べ
1956年(昭和31年)にまでさかのぼる話。この当時、地方の学生が東京の大学を受験する場合、試験を受けに東京へ行くことはしても、 合格発表のために足を運ぶ人は多くはありませんでした。 今のようにホームページで確認することの叶わなかった時代に、遠方の人たちに試験結果の合否を伝える方法はないものか?
そこで早稲田大学が行ったのが「合格電報」です。 合格ならば 「サクラ サク(桜 咲く)」、 不合格ならば 「サクラ チル(桜 散る)」 または 「イナホ チル(稲穂 散る)」 を電報の文句として使いました。
このことが次第に他大学へ広まり、後には大学によって特色のある文句も生まれたといいます。
合格の文句、サクラ以外のいろいろ
不合格は「イチョウチル」
一次試験不合格は「ウメノハナチル」(梅の花散る)
不合格は「コノメドキマテ」(木の芽時待て)
不合格は「スルガワンイマダナミタカシ」(駿河湾未だ波高し)
不合格は「チンボツ(沈没)」
不合格は「ハルマダトオシ サイキヲキセ」(春まだ遠し 再起を期せ)
不合格は「イナホチル」「サクラチル」「ハルマダトオシ サイキヲキセ」
不合格は 「ツガルカイキョウ ナミタカシ」(津軽海峡 波高し)
不合格は「ジゴクザカコロゲオチル」(地獄坂転げ落ちる)、「アカシアノハナガチル」(アカシアの花が散る)
不合格は「ツガルノユキフカシ」(津軽の雪深し)
不合格は「オバコヒトリネアキタ」
不合格は「ガッサンシンドウツウコウドメ」(月山新道通行止め)
不合格は「ナリタクウコウ キリフカシ」(成田空港 霧深し)
「こんな電文ありますよ!」――ご承知の場合は、ぜひお教えください。
参照:
合格電報 – Wikipedia
追記:電報という通信文化
2025年9月26日、下記事項を追記しました。
日本の電報サービスの始まり
日本の電信・電報サービスは、明治2年(1869年)12月25日、東京―横浜間で公衆電報の取り扱いが始まったことを起点とされています。
その後、電信・電話事業は官営事業として整備され、逓信省、電気通信省を経て、1952年に日本電信電話公社(電電公社)へ引き継がれました。
郵政博物館(東京スカイツリータウン)
郵政博物館には、郵便・電信・切手の歴史を紹介する展示があり、 近代通信の幕開けとして、郵便・電信・電話の歩みを知ることができます。
日本電信電話公社(電電公社)
明治期からの電信・電話事業は、逓信省などによる官営事業として発展しました。 その後、1952年に日本電信電話公社が設立され、電信電話事業を引き継ぎました。
つまり、早稲田大学の合格電報が話題となった1956年当時、電報は日本電信電話公社が扱っていた時代のサービスということになります。
今の時代の電報サービス
電報は現在も利用できます。NTT東日本・西日本のD-MAILをはじめ、日本郵便のWebレタックス、民間のメッセージサービスなどがあります。
現代では、合格の知らせをLINEやSNSで伝える人も多くなりました。 ただ、電報にはSNSにはない特別感や記念性があり、今もお祝いの手段として利用されています。
昔:合格電報 → 今:大学公式HPやメール
かつて、合格の知らせといえば「サクラサク」の合格電報。 受験生や家族にとって、春を告げる象徴的な存在でした。
現在では、合否発表は大学の公式ホームページや専用システムで確認する方式が主流です。 たとえば早稲田大学では、入試要項に記載された日時にUCAROで合否確認する方式を採用し、 合格証や入学手続関連書類の郵送も行っていません。
合格電報は今やレトロな存在かもしれませんが、「サクラサク」という言葉は、受験文化の中で今も息づいています。
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